雑駁記——藤沢図案制作所——

ざっぱく【雑駁】(名・形動) 雑然としていて、まとまりのないさま。「_な知識」「文明の_なるを知らず、其動くを知らず」〈文明論之概略諭吉〉

病中句

f:id:fujisawa-zuan:20190104112549j:plain

昨年12月28日から先月1月5日までの9日間、入院をしていた。

僕にとって最長の入院となる。病名は腸穿孔。

大腸に穴が開いて腹膜炎を併発して運が悪ければ敗血症になって云々と、なかなか危うい経験をしてしまった。

細かい経緯はそのうちまとめたいなあと思いつつ(何しろ人生初めてのことですし)、

年明けから割と仕事が続いていて(とは言え世間様とは比べるべくもない仕事量ではあるけれど)、落ち着いて文章を書く気にもならない。

で、いくつかの入院関連のことを五七五にまとめた。

季語とか何とか、本当はいろいろ決まりごともあろうが、それはさておいて、まあ簡単な近況の記録として。

こういうのは例えばお風呂とかでも考えられるのでいいですね。

 

腹の虫 師走にあばれ救急車
ER 死ぬか手術か管だらけ
腸穿孔 いのししを見ず さるいぬか

 

f:id:fujisawa-zuan:20181229203514j:plain

カテーテル 腹の痛みも忘れるか
冷たさや エコーで覗く腹のなか
熱はかり 血圧はかり 寝るばかり

 

f:id:fujisawa-zuan:20190101075544j:plain

年越しのそばに積むるやゴルゴ本
ヤクルトと重湯で迎える寝正月
点滴のしずくばかりか落とし玉

 

f:id:fujisawa-zuan:20190102133851j:plain

いのししや そろりそろりと初歩き
湯に浸かり 飯をいただき おらが春
退院の足おぼつかず 冬の道

「excavation」のつくりかた

「excavation」とは「発掘」の意。

制作の工程で、埋まっていたものを(自分で埋めているのだけど)掘り起こす作業からこの呼び名を思いついた。

以前から「どうやって作っているのか?」と訊かれることがあったので、あらためて「excavationのつくりかた」をまとめてみようと思う。

 

現在作成中ということで、明日以降に作ります。

 

ごめんなさい。

Robert Frank 「THE AMERICANS」 STEIDL版

f:id:fujisawa-zuan:20181108035442j:plain

アメリカの中間選挙が行われ、その結果が出た。

上院は共和党過半数で、下院は民主党過半数になったそうだ。

この結果がドナルド・トランプにとって良いことなのかどうか、ひいてはアメリカ合衆国にとって良いことなのかどうかは全く解らない。

ただ、過去50年で最高になりそうだという投票率の上昇は、良くも悪くも彼の功績と言っていいのではないだろうか。

 

f:id:fujisawa-zuan:20181108113337j:plain

さて、本稿のお題「THE AMERICANS」は、巨匠、ロバート・フランクのあまりにも有名な写真集で、1958年に出版されて以来、何度も版を重ねている。そのたびに、装丁が違っていたり、実はトリミングが違っていたりとか、いろいろと変遷があるらしい。

僕の持っているのは2008年発行のSTEIDL版、ハードカバー。それまでの版とどこが違うかは知らない。

 

f:id:fujisawa-zuan:20181108113210j:plain

f:id:fujisawa-zuan:20181108132358j:plain

というか、巨匠などと書いてはみたが、写真業界に疎い僕は、ロバート・フランクという写真家のことをほとんど知らない。

知っているのは、ローリング・ストーンズの1972年のアルバム「メインストリートのならず者」のジャケットに彼の写真が使われているということと、

その後の1972年ツアーの模様を撮影したがお蔵入りとなった(にも関わらずやけに有名な)ドキュメンタリー映画「コックサッカー・ブルース」の監督だということくらいだ。

 

f:id:fujisawa-zuan:20181108113409j:plain

この写真集についても、なぜそんなに名作扱いされているのか、僕にはわからない(もともと、写真集の見方/楽しみ方を心得ていない、僕の感受性に難があるせいだけれど)。

収められた写真は1955年から56年に撮影されたという。

ベトナム戦争は始まったところで、まだ泥沼化はしていなかった。「トムとジェリー」は作品のピークは過ぎていたがまだハンナ=バーバラが手がけていた。ブルーノートはリード・マイルスによるクールなアートワークとともに黄金期を迎えていた。そしてエルビス・プレスリーGibson SJ-200を抱えて、今にも表舞台に登場せんとしていた。言ってみればアメリカが元気だった時代である。

にもかかわらず、どのページを開いても感じるのは、まず「倦怠」だと思う。

日々の暮らしの疲れ、うがった見方をすれば、元気であることの疲れ、かもしれない。それらが声高に主張されることなく、じわりと感じさせられてくる。

決して見ていて楽しい写真たちではない。でも、たぶんここには、ある種の真実が写されているのだろう。

 

f:id:fujisawa-zuan:20181108113501j:plain

はじめは、アメリカの中間選挙のことなどは念頭に無いまま、この写真集を久々に開いてパラパラと眺めていただけだった。それがなんでこんな文章を書くにいたったかというと、頁をめくっていくうちに、この写真たちが60年前に撮られたものではない気がしてきたからだ。

写真に焼き付けられた空気が、報道から感じられる今の気分と共振しているように思えてきたのだ。

もしかしたら、今のアメリカも、「AMERICANS」の頃と同じくらい疲れているのではないだろうか。

 

f:id:fujisawa-zuan:20181108035624j:plain

ジョージ・ワシントンエイブラハム・リンカーンは、自分の国—アメリカ—が「AMERICANS」みたいな表情を晒すことを望んでいたとは、当然ながら思えない。