雑駁記——藤沢図案制作所——

ざっぱく【雑駁】(名・形動) 雑然としていて、まとまりのないさま。「_な知識」「文明の_なるを知らず、其動くを知らず」〈文明論之概略諭吉〉

さらば、クリアランス・クリームソーダ・リダイアル


 
神戸ウインターランドで行われたライブイベント「Wind from Hotel California 」を最後に、CCRを脱退いたしました。
「脱退」というと、「音楽性の違い」だのなんだかんだがあとに続きそうな、なんだかキツい響きがありますね。「二度と顔も見たくない!」みたいな。そんなんじゃなくて、感覚としては「卒業」と言った方がしっくりくるように思います。
ローリング・ストーンズの「Forty Licks Tour」をマディソン・スクエア・ガーデンで見たのをきっかけに、数年間休止していたライブ活動をまたやりたくなったという、軽い動機でサイドギターを募集していたCCRに参加してはや9年。ほんと、「勤め上げた」という感じなんですわ。
 
そりゃ勿論不満はいろいろありました。それ以上に僕がメンバーに不愉快な思いをさせたこともいっぱいあったでしょうし。でも、バンドにかかわらずビジネスであれホビーであれ、何人かの人間が集まってやることなんて、なにも不満が無いわけがないですから。
かつてミック・ジャガーは「バンドと結婚は違う」といった意の発言をインタビューでしたことがありました。言わんとすることはわかるんですけど、僕はバンドと結婚って共通する部分もあると思います。
バンドに参加したての時とか結成したばかりの時って、ある種の希望を持ってたりワクワクしてたりするものです。でもちょっと練習や活動を続けていると、どうも自分なりに描いていた理想とのズレが気になってくる。当初は気づかなかった欠点が気になり出したり、自分にとっては当然と感じていたことが相手にとってはそうじゃなかったり。なんでこいつにこんな事を言われなきゃいけないんだとかこんな奴だとは思わなかったとかなんとかかんとか。
そんな中で、ローカル・ルールみたいなものが築き上げられていくもんだと思うんです。ここは自分が譲ろう、ここは相手にまかせよう、ここは自分にまかせろ、そんな、そこに関わってる者以外にはわからないルールとかマナーとか掟とか。そういうものが出来上がるまではやっぱ不満って感じざるをえないというか。そうしたセッションの集まりがバンドになっていく一連の過程が、夫婦のパートナーシップが出来ていく過程とぴったり一致するとは言わないけれど、似て無くもないんじゃないかと思うんです。特に我慢を重ねなくちゃいけないところと、無意識に相方もしくはメンバーを不愉快にさせているあたりが。まあ、たかせさんもかつては大変だったと思います。
正直言って、ある種の”バンドに対する不満”って、単にその不満を感じる人間に堪え性が無いだけじゃないかと思うんですがね。
 
それはさておき、「『卒業』にあたって、CCRはどんなバンドだったか?」と言うと、僕にとっては「緊張しないバンド」ということに尽きます。さすがに初ステージは緊張しましたが、それ以来、本当に緊張した記憶が無いんです。一昨年、2009年の暮れに、OYASISというオアシスのカバーバンドの初演奏があったのですが、その時、緊張したことに驚いたくらいです。そして「あ、バンドって普通は緊張するわな」と。
緊張しないでいられたのはメンバーのおかげ以外の何ものでも無いでしょう。特に結成以来不動のヴォーカル&ギターの花井センセーとベースの金ゾー氏との揺るぎない信頼感…があるようにも思えないんだがな。不思議です。まあ、緊張しないからっつって良い演奏ができていたかどうかは全くの別問題ですけど。
 
さて、7月17日のウィンターランドの演奏ですが、メンバーとして最後の演奏だからと言って特別なことをするわけでもなく、いつものごとく、ばーっと演って、ささっと終わり。でも、なかなか悪くなかったと思います。ドラムのChikamiさんも(我々には勿体無い腕前)、CCRのメンバーのツボが判ってきたというか、「こいつらここを支えてやらんとダメなんだな」って感じで、すっごくやりやすかった。これからのライブが楽しみです、って私は辞めたわけですが。
とりあえず、これからは客としてCCRを見てみたいです。これで絶縁するわけでもないし、もしかしたら別の展開につながるかもしれないし。ほら、「♪卒業はスタートさ/再開の誓い」って、「10年桜」でAKB48も歌ってるじゃないですか。
 
ともあれ、拙い演奏を聴いていただいた方々、演奏会をご一緒させていただいた対バンの皆様、そしてCCRのメンバーにあらためて感謝です。ありがとうございました。