河童(習作)
芥川龍之介の描く河童の絵が何点か残されている。
墨絵で屏風に描かれたものもあるようだ。
実物を見たことはないけれど、筆さばきは達者に見える。
一般にイメージされている河童とは少し違った印象で、痩せぎすで「童」感もあまりないそれは、僕には餓鬼を、それも諸星大二郎の「暗黒神話」に出てくる餓鬼を連想させる。
その独特のフォルムによる河童は、小説「河童」はもとより、芥川研究などの関連本の装丁に使われることも多い。
「芥川の河童」は、言ってみれば、手塚治虫にとってのヒョウタンツギみたいなものかもしれない(違うか)。
何年か前のこと。
この「芥川の河童」を立体に、フィギュアにしてる人とかいないかと思って何気なく検索してみた。意外なことにひとつもヒットしなかった。
河童の立体作品はもちろんたくさんある。けれど、「芥川の河童」はなかった。ついでに言うと、小島功氏による「黄桜の河童」の立体作品も見つけられなかった。
誰か作ればいいのに。
誰か作ればいいのだけれど、誰も作らないようだから、そのうちいつか自分で作ってみようかなあ、そんなふうに何年か思っていたのを、ひとつ形にしてみることにしたのだった。
「芥川の河童」は、墨絵のほとんどシルエットのようなものだ。解釈を入れる余地はいくらでもある。頭の皿のまわりがギザギザで、目が大きく鋭くて、痩せてれば、あとはやりたい放題だ。図像以外の設定は小説を参照すればいいじゃないか。
「芥川の河童」の世界は、水の中で暮らしてるわけでもないし、背中に甲羅も背負ってなければ、人間の尻子玉を抜くこともない。生物としての設定にもさほど重きを置かれていない。
小説「河童」で、河童の外見について描かれているところを青空文庫から抜粋する。
頭に短い毛のあるのは勿論、手足に水掻きのついてゐることも「水虎考略」などに出てゐるのと著しい違ひはありません。身長もざつと一メエトルを越えるか越えぬ位でせう。(中略)それから頭のまん中には楕円形の皿があり、その又皿は年齢により、だんだん固さを加へるやうです。(中略)しかし一番不思議なのは河童の皮膚の色のことでせう。河童は我々人間のやうに一定の皮膚の色を持つてゐません。何でもその周囲の色と同じ色に変つてしまふ、――たとへば草の中にゐる時には草のやうに緑色に変り、岩の上にゐる時には岩のやうに灰色に変るのです。これは勿論河童に限らず、カメレオンにもあることです。或は河童は皮膚組織の上に何かカメレオンに近い所を持つてゐるのかも知れません。僕はこの事実を発見した時、西国の河童は緑色であり、東北の河童は赤いと云ふ民俗学上の記録を思ひ出しました。(中略)河童は皮膚の下に余程厚い脂肪を持つてゐると見え、この地下の国の温度は比較的低いのにも関らず、(平均華氏五十度前後です。)着物と云ふものを知らずにゐるのです。勿論どの河童も目金をかけたり、巻煙草の箱を携へたり、金入れを持つたりはしてゐるのでせう。しかし河童はカンガルウのやうに腹に袋を持つてゐますから、それ等のものをしまふ時にも格別不便はしないのです。
微妙に、墨絵の河童とは違いもある。
それから、気になったのは「腹に袋」を持っているというところだ。腹に袋…かっこ悪くないかあ?どうしたものか考えた末、今回はうっかりすることにした。
ともかく手を動かすことにして、頭だけの小さな試作品をこしらえてみた。
「頭に短い毛」と書かれているので、皿の周りは安い筆かドール用の髪でも使えばいいやと思ってたが、墨絵のザクザク感が上手く出せないので紙を使った。
自分としてはこれは「短い毛」ではなく、頭部のみに残った鱗が長く延びたもの、と今のところはそう解釈している。
当初は水に浸かってるつもりにしたかったので半身のトルソーとして作ることにした。
サイズは40cmくらい?なにせ、こんな大きさの立体物をイチから作ったことなどないので、先の全く見えない作業だった。
芯には主に段ボールを使って、部分的にスタイロフォームも。そこに粘土をくっつけて形を決めていくことにした。
いちど頭は作ったので、こんな感じで行けるかな、と思ってたのだが、なんか気になってきて…
眼が、ねえ。
ということで、目玉が収まりそうな頭に作りかえることにして、もういちど、小さい試作を作ってみた。
このとき、指を4本にすることにした。
墨絵を見ると、おそらく3本なのだが、それじゃ妖怪人間だしなあとか、逆に表情つけにくいかもなあとか、考えた末の4本。
目玉にボールを使ったら、想定より大きかった。
ここからはひたすら粘土をつけたり削ったりの繰り返し。
肋骨は作ってるうちに表現したくなった。前述した「暗黒神話の餓鬼」のイメージからのもので、芥川とは関係ないし、はじめは特に骨格を意識してなかったこともあり、正直なところ辻褄が合っていないと思う。
爪も当初はもっと長いつもりだったけれど、それじゃ握りにくいしとか考えてるうちに人間のお姉ちゃんのネイルでもありそうなくらいの長さに落ち着いた。
水掻きは不織布をベースに作った。
おそらく釣竿がわりの麦だか稲穂だかを持ったポーズにした。
握った右手に力が込められすぎてるのが気になるけれど、ここを直すとさすがに間に合わなくなる。作品タイトルに「習作」をつけることに決めたのはこのあたり。
仕上げ塗装もどうしたものかと考えていた。
小説では、カメレオンのように周囲に合わせて色を変えるとあったので、複数作るならグリーン系、赤系とか塗り分けてもいいけれど…とか、このサイズでフィギュア的な塗装をするのもどうだろうとか、もとは墨絵なんだから黒一色はどうかとか、いろいろ考えてるいちに、ブロンズっぽく仕上げてみようと思い至った。
形が出来上がったら、黒ジェッソで下地塗り。
ベース色としてグリーンを塗ったら、全体を茶系の黒でウォッシング。
なんだかソ連戦車のプラモデルの塗装をしているみたいだ。
完成品は、5月18日まで、ペーパーボイス大阪でご覧ください。